6月26日午前に私は千種図書館に行きました。入口に古本の無料コーナーがありました。最近は一般の方もここに寄贈するので、色々な古本があります。
なんと資本論6巻セットが置いてある。60年位前の学生の頃、何となく資本論研究セミナーを受けました。受付で金がないので全集は買えず、岩波新書の超コンパクト版1冊400円位で済ませました。監訳者は同じ大内兵衛です、懐かしい思い出です、もう古典入りですね。1968年2月発行でセット7500円です、いまだと10倍ですね? しかし、いまや古本市場では価値がないので、ここに置かれているのだろうか? The times they are a-changin’
ロビーでなんとH女史と会い雑談して、ついでに展示会を一緒に見学しました。
力作です、学校の先生で退職後に、龍に関する作品展です。中身は同世代のため心情が痛いほど分かりますね。お互いを理解し合い、認める事の大切さを!
もう5年前にここロビーの展示会で「きょうが いちばん わかい日」と言うポスターに驚きました。つい、もう年のせいにするのはやめようと思いました。
図書館から出て歩くと、ヨウシャヤマゴボウの群生がある! これはサンゴジュらしい、ヒメオウギズイセンと東山動植物園に隣接するので、色々な植物ボランティアがこのあたりに手を入れているようです。なんとオシロイバナやコスモスまで咲いています。写真はこの下をクリックして下さい。
ただし、図書館専用駐車場は図書館だけの利用で、動植物園に行かないで下さい。私達は紳士淑女ですから。
花水木-図書館追加
マルクス資本論って、いったい何?
60年安保闘争、学生として日本の将来を考えた時代です。「資本論」読んでないの・・?と民青系の友人にバカにされたものです。今の草食系若者には想像できない学生運動に暴力と権力の具体的な姿を体験したのは貴重な経験です。ラグビー部の部室で「マルクスが言っている社会主義革命・共産主義革命が成功したら日本はどうなるのか?」と先輩に質問したら、「俺たち体育会系学生はノンポリで良いんだ・・さあさあ練習、ボールを磨け、グランドの石を拾え」と鬼コーチに指導された時代が懐かしいです。
私は大学4年生になりワンダーフォーゲル部の役員を辞め暇になり、文芸部の仲間と学生会の活動しました。そこは当初は民生系が多数でしたが、その一部がいちいち本部にお伺いする事に反逆したら除名されました、それで反民生系と民生系と体育系の三つ巴でした。東京と違い名古屋はローカルでのんびり、それとゼミや合ハイや麻雀やバイトと楽しんでいました。卒業して、就職したら、みな企業戦士です、生命保険に就職した活動家は、私に大樹プランを勧誘しました。自動車に就職した運動家はギャランの押売りです。年功序列と終身雇用と高度成長期の懐かしい時代ですね?
1969年(昭和44年)学生時代ゼミの知人の一人は、手拭いをマスクにしてサングラスを付けヘルメット姿、ゲバ棒を持ってデモの最前列に並び、機動隊に突入したことから検挙されました。絶対に就職は無理だと誰もが思っていたところ、卒業後の進路は大手総合商社の営業マンとなり海外駐在を経て管理職に・・、今でも不思議な事件です。筆者は、ただ只管ラグビーボールを唾で磨き、スクラムの第三列で地面の熱気を吸いながら人のケツを押し続ける毎日でした。それでも筆者も就職が出来ました。
先日6月3日にNHK総合「映像の世紀バタフライエフェクト」で60年、70年安保闘争を取り上げた番組を放送していました。
その中で60年安保を率いた唐牛(かろうじ)全学連委員長を紹介していました。
まだ小学生だったので名前を聞いたことがある程度だったのですが、挫折後、職を転々として最後は癌で47歳で亡くなったとのこと。
弁がたち駆け引きができるのでリーダシップがありカリスマ性があったそうです。
この番組は好きでよく見ています。(最近はこういう見ごたえのあるTV場組が少なくなりました)
70年安保の頃の自分を思い出してみると、白土三平の劇画「カムイ伝」を夢中で読んでいました。
私の当時は文学青年です、民青や社青同や原理研究などのセクト主義に嫌気がさし、べ平連の歌声集会が好きだった。私達が「♪ある晴れた昼下がり 市場に続く道 荷馬車がゴトゴト 子牛を載せていく♪」を歌っていると、ギーター持った学生が「♬On a waggon bound for market there’s a calf with mournful eye♬」とカッコ良く歌いました。私もいつか英語で歌いたいと、そして42年位後に鯱城学園英会話クラブで実現できました。もちろんワンゲルのお蔭で40年間も働ける体力を授かりました。最後に労働運動史ゼミのお蔭で3年間組合専従で組織運営を学び、処世術を得ました。